私たち人間をはじめ、動物や魚類、昆虫などは「脳」の働きによって行動を起こします。食べたい、飲みたい、寝たい、いらつく、感動する、怖がる…など、こういった感情のほとんどは脳に制御されていると言っても過言ではありません。
脳内には無数の神経細胞が軸索を伸ばしており、それらが神経伝達物質など放出したり抑制したりして信号を送り、私たちに日々何らかの指令を出し続けています。
さて、そんな脳にさまざまな影響を与えているのが、「香り」です。普段、私たちはさまざまな香りに囲まれていますが、無意識のうちにそれら香りに強い影響を受けています。
ここでは、簡単に香りが脳に与える影響についてまとめてみました。ぜひ、参考にしてみてください。
脳の仕組みについて
まず、簡単に脳の仕組みについて覚えておきましょう。脳には、大きくわけて4つの領域が存在しています。
それが、前頭葉、頭頂葉、側頭葉、後頭葉です。前頭葉は、理性を司る場所と言われており、感情をコントロールしたり、物事を考えたり、善悪を考えたりと、人を人たらしめている部分として知られています。動物や昆虫にも前頭葉はあるのですが、人間はこの部分が肥大化した生物であるため、理性的な行動を行うことができるのです。次に、頭頂葉ですが、ここは運動を司る場所として知られています。
また、空間認知力や五感、芸術鑑賞などにも関わっているとされています。頭頂葉にて、運動制御が行われ、身体をどのように動かせばいいのか、という指令を出す場所と言われています。そして、側頭葉は読み書きであったり、記憶、さらには聴覚野といったことに関連する場所として知られています。
音楽を聞いたり、人の話を聞いたり、それらを記憶し発語することにも関連していると言われています。最後、後頭葉ですが、これは視覚に関連する領域や色彩認知などに関連します。
そのほか運動機能を司る小脳なども重要な役割をしています。脳の働きは非常に複雑であり、例えば記憶一つに関しても、保存されているのが一箇所ではなく脳の各所にある、とも言われています。
つまり、これら大まかな領域別の働きはわかっていますが、非常に微細な部分の働きは研究中であり、これからまた新しい発見があるかもしれない、ということです。ここでは、ひとまずベースとなる脳の仕組みにつて覚えておけば良いでしょう。
香りを感じる仕組み
私たちがとある香り嗅ぐと、その香りが電気信号に代わり、前述した脳内のさまざまな部位に影響を与えます。
香りを嗅ぐと、鼻腔最上部にある嗅上皮という場所に、におい分子が溶け込みます。この時点では電気信号として認識はされておらず、この嗅上皮にある嗅細胞が複雑な働きをして、においのパターンを電気信号に変化させます。
すると、その信号が嗅細胞から嗅神経、嗅球に伝達していき、最終的に「香り」として私たちが認知する仕組みとなっています。
香りを嗅ぎ分けられるのはなぜ?
私たちはなぜ香りを嗅ぎ分けているのでしょうか。前述した仕組みを単純に考えると、全ての香りがダイレクトに電気信号となり、常に私たちの頭の中は香りで充満してしまいます。
実は、嗅上皮には粘膜層という場所が存在しており、そこには嗅毛という嗅覚受容体が存在しています。この嗅覚受容体は非常に複雑であり、同じ匂いであっても、微妙な分子の違いによって反応したり、しなかったりします。嗅覚受容体は、それぞれ特有の鍵穴のような状態になっており、そのキャッチパターンで香りを感じる感覚が変わってきます。
例えば、冷えたコーヒーを嗅いだ時、その香りに含まれているさまざまな分子の鍵にあった嗅覚受容体が反応し、電気信号として冷えた場合のコーヒーの香りを検知します。次に、このコーヒーを温めて別の香り成分が発生させます。
同じように嗅いだ時、こんどは反応する嗅覚受容体の組み合わせに変化が起きるため、同じコーヒーでも別の香りをキャッチすることができるわけです。私たちは、400種類以上の嗅覚受容体を持っており、それらの組み合わせが無限にあることから、さまざまな香りを嗅ぎ分けることができるのです。
好きな香りや嫌い香り?
私たちが香りを「快い」とか「不快」と感じるメカニズムは、香りの電気信号が嗅神経、嗅球へ到達したその次の仕組みにあります。香りを嗅いだのち、嗅上皮と嗅球の間に情報を伝達する神経細胞として、嗅神経が活動をします。
このメカニズムは相当複雑ですので、ここでは割愛するとして、嗅球へ香り情報が到達した後に大脳辺縁系と呼ばれる場所へ到達します。ここには、恐怖や不安など情動と関連している扁桃体と呼ばれる場所、記憶に関連している海馬などがあります。
ここは、本能を司る場所と言われており、危険を察知したり、理屈無しで情動に訴えかけるような働きを私たちに伝達する場所とも言われています。実は、嗅覚はほかの視覚や聴覚などとは違って、視床という場所を通りません。
直接、先ほどの部位や食欲やストレス反応、性欲などに関連する視床下部という脳の中枢神経に働きかけることがわかっています。香りは、ほかの感覚とは違い、一瞬で「危険」か「安全か」というようなことをわかるよう、ダイレクトに刺激が伝わるようにできていると言われます。
さらに、さまざまな情動から連絡が海馬という記憶を司る部位に働きかけることにより、情動反応などを即座に記憶としてとどめ、好きな香りや嫌いな香りなのかを本能で感じ取る、ということなのです。
また、前頭葉にも香りは届き、そこで「これは○○の香り」と認識します。ここからの情報もまた、大脳辺縁系へ届くため、「○○の香りはいい香り」とか「美味しい香り」という情報が伝達されるため、好きとか、嫌いとか、そういった反応を一瞬のうちに私たちは感じ取れるわけです。
香りで認知症が防げる?
このように、香りは脳のさまざまな部位を活性化させることがわかっています。例えば、ストレス軽減のためにアロマを嗅ぐ、という方法があります。
先ほど、視床下部にも影響するとお伝えしましたが、この視床下部はストレスホルモンを放出したり、食欲や性欲など、私たちが本能で感じるさまざまな事象に強烈に関わる場所として知られています。香りがその部分に届き、心地良いと感じることにより、ストレスが軽減される、と考えられているのです。
また、香りが関連する効能としては、認知症が防げる可能性がある、としてさまざまな研究が今も続けられています。
前述したように、脳のさまざまな部分が活性化することは、認知症予防にとっては大変好ましいことであり、ある意味脳トレーニングとなっている、とも考えられます。例えば、ワインのソムリエは認知症になりにくい、という研究結果などもあります。
ワインの香りを嗅ぎ分ける作業をする時、私たち同様に彼らも反応する脳部位は一緒なのですが、計画を立てる時に活性化する前頭葉の部位などが活性化し、また香りによって普通の人たちとは違う部位が活性化すると言われています。もちろん、それらはワインに限ったことではなく、コーヒーや食事、さらにはアロマでも同じことが言えるでしょう。
香りを積極的に嗅ぐ習慣をつけることが、認知症予防に繋がる可能性があるのであれば、それらを続けていきたいですね。
香りでポジティブになる?
また、香りによって、左右の前頭葉の働きにどのような影響の差が出るのか、ということを調べた研究もあります。
この研究では、さまざまな香りを被験者に嗅いでもらい、その時にでた脳波を調べたものです。それぞれに差が出ていたことがわかりましたが、特にバニラの香りは左脳の前頭葉部分が優位に活性化し、それがポジティブな気持ちの時に関係する部位だったそうです。
香りを嗅ぐことでやる気が起こり、前向きになる可能性があるのであれば、それらも有効に活用していく必要があるかもしれません。
人によってとある香りを感じない?
人によっては、特定の香りを感じることができない、ということがあるようです。例えば、同じワインを飲んでいても、コメントが全く違ったり、本来多くの方が嗅ぐことができる香りであっても、それだけを感じにくいということです。
土臭さ、かび臭さの成分ゲオスミン、加齢臭の油臭さ2-ノネナールなど、こういった香りをどうしても感じにくく、脳で認識できないのだそうです。
特異的無嗅覚症と呼ばれており、誰かとレストランで同じものを食べていても、それらの香りを感じれない場合は、こういった症状かもしれません。香りについても、さまざまな側面から考える必要があるのかもしれません。
食べ過ぎてしまうのは香りも関係する?
ファストフードなどを食べ過ぎてしまい、肥満になる方がいると言います。その理由は、さまざまな要因が絡んでいるので原因をひとつに限定はできませんが、香りにも十分に影響していると言われています。
例えば、香りを嗅ぐと脳内では「馴化」という現象が起こります。これは、同じ香りを嗅ぎ続けると、その香りに鈍感になっていき、魅力を感じなくなるというものです。例えば、大好きなチョコを食べ続けると、さすがに飽きてしまい、チョコを見てもげんなりする…という、ような現象です。
しかし、ファストフードは数多くの香りが含まれており、常に新鮮な刺激が入ってきます。飽きることなく、常に新しい刺激が与えられるので食べ続けられてしまうと考えられているのです。
それは、味覚も同様ですが、“飽きさせない”ということは脳にとっては重要なポイントでもあるわけです。
香りと脳の関係は面白い
ここでは、脳と香りの関係を簡単にまとめました。当然、脳と香りは深く、まだまだ探求しがいがあります。
香りによって良いこともあれば、逆もあります。つまり、香りと脳の関係性を知ることで、私たちが有意義な毎日を過ごし続けることができるのです。ぜひ、今後も香りと脳の関係性について探求し続けていきましょう。