私たちは、日常的に溢れている臭いを感知することでさまざな行動を起こします。目で見たり、触るものに私たちは注目しがちですが、実は私たちの生活は臭いに大きく左右されているのです。ここでは、近年発見された、さまざまな嗅覚に関わる研究を紹介していきます。ぜひ、参考にしてみてください。
●嗅結節が接触&警戒行動に繋がる
その場所にある食物の匂いを嗅いだ時、私たちは食べたいと思ったり、危険だから食べるのをやめようなど、どこで感じているのでしょうか。
自分の記憶に基づいて判断している、ということは何となく分かるのですが、そのキーポイントになる部位はよくわかっていませんでした。
東京大学大学院医学系研究科の村田航志ら研究グループは、この食べたいと思う摂食行動や危険を回避する経過行動が、マウス大脳内にある「嗅結節(きゅうけっせつ)」という部位の神経回路が関わっていることを発見しました。
まず、研究グループは、マウスが美味しいものを食べたいと感じる時の脳の働きと、危険を避けようと感じさせる時の脳の働きを研究しました。
マウスには、とある匂いを嗅がした後に砂糖を与え、一方のマウスには匂いを嗅いだ後に電気ショックを与えます。条件づけというトレニーニングを行ったことで、提示された匂いを感じると砂糖を与えたマウスは食物の探索行動を開始し、電気ショックを与えたマウスは頭を引っ込めたり、その匂いから逃げるような行動を取るようになりました。
さて、そんな時に脳内ではどういったことが起きているのか、ということを研究グループが調査しました。その時、反応していたのが「嗅結節(きゅうけっせつ)」という部位だったのです。
「嗅結節(きゅうけっせつ)」は、嗅球で処理される匂い情報ですが、「嗅結節(きゅうけっせつ)」はその情報が伝わる一段階高次の嗅覚中枢として知られています。
研究グループは、匂いを嗅いだマウスから30分後に「嗅結節(きゅうけっせつ)」を取り出し、遺伝子の因子であるc-FOSの発現を確認しました。
すると、良い匂いと感じた時には嗅結節(きゅうけっせつ)」の前内側部分でc-FOSが活性化し、忌避行動を起こした場合は外側部分のc-FOSが活性化したことが分かったのです。
また、ここにはドーパミン受容体D1とD2を発現する神経細胞があります。どちらでもドーパミン受容体D1が活性化しており、研究グループは、この部分が匂い行動に結びつけるスイッチだと示唆しています。
つまり、私たちが匂いを嗅いだ後、嗅球にて情報に処理された後、「嗅結節(きゅうけっせつ)」が、好き嫌いという情動に関わるスイッチ役になっているのではないか、ということです。
研究グループは今後、この研究が進めば人間の生活に重要な役割を担う摂食行動に関するモチベーションを高める、その理解に繋がるかもしれないとしています。私たちが好きな香り、嫌いな香りを判断しているのは、このように複雑な工程があることを覚えておきましょう。
●足の臭いのユニークな研究
ニオイの研究というとアロマなどを代表とする、精神的に快状態を与える“良いニオイ”に焦点が当てられることが多いイメージがあるかもしれません。
確かに、良い香りは精神的に安らぎを与えるだけでなく、商業的にもインパクトを与える研究結果を与えることができます。しかし、“臭いニオイ”に焦点を当てた研究もしっかりと存在しており、それがあの資生堂で行われいたのです。
その研究タイトルは、「足の匂いの原因となる化学物質の特定」。さらに、これはあのイグノーベル賞を受賞している研究です。1992年とやや昔の研究になりますが、世界的にはインパクトを与えたユニークなものでした。
その研究で分かったことは、足が臭い人の靴下をサンプルしたものには、短鎖脂肪酸が多く見つかったというもの。
さて、これだけ見てみるとさほどインパクトのある研究というわけでもなく、ニオイを採取できる機器を使えばどんな研究所でもできる、大したことのない研究結果に思えてしまいます。
しかし、重要なのはその研究対象にした人たちでした。同社の研究者らは、被験者として“自分の足のニオイが臭いと思っている健康な男性。そして、自分の足はほとんど臭くないと思っている健康の男性”を対象として集めたのです。
なぜ、イグノーベル賞が関連してきたのかというと、面白いのが“足が臭くないと自己申告で思っている男性は、足が本当に臭くなかった”という結果がでたことです。
実験内容もユニークで、化学繊維製の靴下を履かせた後、35度の環境で運動をさせた後に嗅いでもらった結果となっています。足のニオイに関しては、汗またや皮脂が細菌によって分解された結果、辛いにニオイになると今では分かっています。
近頃話題の銀イオン入りスプレーをかけることで細菌が死滅し、足などが臭くなりにくくなります。
イグノーベル賞という、研究者の多くが手にしたい名誉ある賞を獲得した研究員らですが、“足が臭いと思っている人と、そうで無い人。そして、足が臭いと思っていなかった人はあまりにおわなかった”という、謎の結果が選定基準になっていたのではないでしょうか。
●ビールは今、香りで勝負している
お酒というと、どれだけ酔っぱらえるのか、というところに焦点があたりがちです。しかし、ワインを対象とすれば分かるように、お酒にと香りは切っても切れない関係です。
さて、日本でもっとも消費量が多いお酒と言えば、ビール。このビールなのですが、飲んだ瞬間の「クゥゥ!」という感じをもたらす、キレなどが重要とされてきました。しかし、近年のビールはそれらに特化するだけでなく、「香り」に焦点が当てられた製品造りとなっている分析されています。
ビール業界が香りパラダイムシフトしている、と提唱するのは「味香り戦略研究所」が出している自主調査リリース。
同社が保有している味覚データをベースに、ビール市場の味わいの変化を探っていった結果導きだされた自主調査結果です。2018年4月に酒税法改正され、オレンジピールなどの副原材料を使用しても、定義上ビールと認められるようになりました。
そのため、新ジャンルと呼ばれている第3のビールや発泡酒とビールとの垣根が無くなり、結果的にビールが「香り」で勝負できるようになった、ということなのです。
同社は、2007年から2008年に市販されていたビールと発泡酒、新ジャンルの味わいの分布と、2017年から2018年で比較調査した結果、新ジャンルの味わいの広がりが大きく変化していることを導きだします。
一方、ビール類を見てみると2018年4月以降は、キレを比較的抑え、比較的濃厚さに特化していると分類しています。
コク、キレの傾向を見るに、ビールはもちろん、発泡酒や第3のビール共に多様化が進んでおり、価格帯が高めのビール類はコクとキレだけでは勝負できなくなってきた、ということが分かります。
同社は、今後ビールは「香り」が勝負のポイントになると示唆します。前述しているように、法改正後には、香辛料やハーブ類が使用できるようになりました。
1種類の香りではなく、さまざまな香りを組み合わせた商品も出てくるだろう、と示唆しており、私たちが普段楽しんでいるビール業界に、「香り革命」が訪れると考えられています。苦みやキレが苦手でビールにタッチしてこなかった方も、香りなら楽しむことができるかもしれませんね。
●男女はニオイで惹かれあっている
男女の恋愛で最も大切なことは、フィーリングと言われています。顔が好きだとか、性格がいいとか、そういったところが重視されていますが、実はそこにニオイが大きく関わっていることをご存知でしょうか。
例えば、顔や性格だけが全てで、その情報のみで相手を決めるとしましょう。そうなると出会う素敵な人たちに恋をしてしまい、この世は乱婚状態になってしまいます。
現実、特に女性の場合はイケメンであっても、性格が良い人であっても、恋に発展することが無い人の方が多いと思われます。
全てではありませんが、そこにはニオイが大きく関連しているのです。まず、人間の血液中にはHLAと呼ばれている白血球パターンが存在しています。人間は、近親者に恋をしにくく遺伝子ができていますが、HLAもまた、自分と違ったパターンを持つ異性を選ぶようにできていると言われています。
人間は、これら遺伝子レベルで相手を無意識に選んでいるのですが、ここにニオイも強く関連してきます。例えば、脇や陰部にはアポクリン腺と呼ばれる場所がありますが、ここから分泌される汗にフェロモンが含まれています。
このフェロモンのニオイはどんなニオイか、とはっきり断言はできないようですが、私たちは無意識に異性のこの香りを嗅ぎ取り、相手を選んでいると言われています。
生存能力に長けているか否か、ということはこのフェロモンで嗅ぎ取れるようにできており、そのフェロモンを嗅ぎ取ると、思わず心が惹かれてしまうのでしょう。
ちなみに、近頃では女性はもちろん、男性も脱毛を行いますが、フェロモンを考えるとあまり褒められた行為ではない、と有識者は警鐘をならします。
その理由ですが、この毛がフェロモンを運ぶ役割をしており、完全に無くしてしまうとモテなくなってしまう、と言われているからです。真意は分かりませんが、脱毛をした後によってくる異性は、遺伝子レベルで惹かれた相手ではない…かもしれません。
●ワインを楽しむなら勉強しないこと?
嗅覚研究の第一人者である、東京大学の東原教授によると、ワインの香りを楽しむためには、あまり強烈に勉強しない方がよいそうです。
もちろん、ソムリエなどプロを目指す人は嗅覚を鍛える(香りを覚える)必要がありますが、素人でワインの総合的な香りを楽しみたい人は下手に勉強するのはよくないといいます。その理由は、とあるニオイを鼻や脳で覚えると認知閾値が下がるからです。
つまり、閾値が下がるということは、感度が高まるため、例えば今までは感じなかった量のイチゴの香りを放つ分子でも、それを認知できるようになるということです。しかし、一定のニオイの閾値が下がり過ぎると、その香りばかりを取り出してしまい、その奥に隠れている複雑な香りに気がつけなくなる、というのです。
ワインには、数百という香りが潜んでいます。その香りを総合的に楽しめなくなるため、あまり根つめて勉強しない方が良いだろうと示唆しています。
●嗅覚は奥深い
今回、紹介した研究は嗅覚研究のごくごく一部です。日々、新たな研究の報告があり、どれも興味深いものばかりです。
ぜひ、嗅覚に興味がある方は最新情報をチェックしてみてください。